富山県の西部、南砺市井波地区に"日本一の木彫りの町"として知られる美しい町があるのをご存知でしょうか。八乙女山と田園風景に囲まれ、木彫りの伝統を受け継ぐ井波は、現在、人口約8,000人に対して200人もの彫刻師が暮らしています。井波彫刻の歴史は古く、江戸時代中期に火災で消失した瑞泉寺の再建のために、京都の東本願寺から招かれた彫刻師に地元の大工たちが技術を習い、発展していったといわれています。

そんな井波の伝統工芸を、宿泊で滞在しながらディープに楽しめるのが、町に点在している6つの日本家屋をリノベーションして作られたホテル「Bed and Craft」。すべての宿泊棟は一棟貸切で、一棟につき一職人の作品が空間を飾ります。巧みな技術で作られた個性あふれる作品に囲まれ、宿泊者はまるでギャラリーの中に泊まるような気分に。希望者は職人への弟子入り体験も可能。井波でしか体験できない宿泊の魅力をご紹介します。

北陸随一の大伽藍・瑞泉寺と八日町通りから始まった木彫り

井波の町へ入ると、周辺の景色からガラリと雰囲気が変わり、まるでタイムスリップしたような気分になります。中でも際立っているのが、昔懐かしい日本の街並みが残る八日町通り。彫刻の工房や商店が軒を連ねる石畳の通りは、歩けばふと木の香りが舞い込み、工房からは「トントン」という木彫り職人たちが鑿（のみ）を打つ音が聞こえてきます。

八日町通りを抜けると辿り着くのが、井波彫刻の原点である北陸最大級の木造建築、瑞泉寺。建立は明徳元年（1390年）。前述の通り、この瑞泉寺の再建のために井波の木彫り職人たちが誕生しました。見上げた山門には、繊細で力強い木彫りの技術が随所に散りばめられており、まさに圧巻です。本堂のほかに、太子堂、宝物殿、季節ごとに表情を変える美しい庭園など見所は多数。ぜひ宿泊の前後に立ち寄ることをおすすめします。

木彫作家・前川大地の作品が彩るKIN-NAKAの一棟貸切宿泊

チェックインは本町通り沿いに位置する「BnCラウンジ」で。ウェルカムドリンクをいただきながら、コンシェルジュに井波の町や宿泊する建物の魅力などを案内してもらいます。

今回私が宿泊したのは、かつて格式高い料亭だった「金中」をリノベーションし誕生した「KIN-NAKA」。2階建ての木造建築で、最大7名の宿泊が可能です。井波出身の木彫刻家・前川大地氏をフィーチャーした「KIN-NAKA」では、さっそく玄関入り口から鯛の彫刻がお出迎え。居心地の良い居間のソファに座ると、ゆったりと時間が流れていくのを感じられます。

階段の天井を見上げると現われる、大きな木彫りのシャンデリア。冬の富山の特徴である分厚い雲を形取った彫刻の細部の曲線美に思わず見惚れてしまいます。

ベッドルームの壁にちょこんと配されている彫刻は、悪夢を食べると言われている伝説の動物•獏。寺社仏閣の柱から飛び出している、象や獅子モチーフの彫刻「木鼻」をイメージしており、それを社寺建築だけでなく居住空間にあしらったのは前川氏の提案なのだとか。前川氏は、木彫り彫刻に鮮やかな色付けを施しヨーロッパ調の額縁に彫刻を組み合わせるなど、柔軟で新しい発想に基づく木彫り作品が特徴的です。

2階の和室に飾られているのが、松竹梅をイメージした作品。左の小箱は、開くと外の景色を見ることができ、窓外に松の木が現れます。こうした遊び心のある作品に出会えると、一気に気分がほぐれます。

陶芸家・前川わとの上品な陶芸に魅せられる「MITU」

せっかくなので、他の宿泊棟も見せていただきました。大きな窓からやわらかい光が差し込むこちらは「MITU」の一角。「KIN-NAKA」と同様に料亭「金中」の跡地で、最上級の客間をリノベーションしたのが檜の柾目木材で作られた和室。和室と並ぶ風呂場には半露天風呂があり、美しい庭の景色を見ながら入浴を満喫できます。

料亭の勝手口であったエントランスには、陶芸家・前川わと氏による花の形をしたタイルが敷き詰められています。「MITU」の至るところに、食器を中心とした前川氏の作品が置かれており、実際に作品を手にとって楽しめます。

グリーンを基調とした2階のベッドルーム。枕元の小さな照明も作品の一部で、落ち着いた気分で過ごせる灯りを演出してくれます。

仏師・石原良定の作品と緑豊かな庭園が広がる「TenNE」

季節の花や木々が植えられた美しい庭を抜けるとたどり着くのが「TenNE」。菩薩像がまとう天衣（てんね）のように心地よい時間を過ごせるように、と名付けられたそう。

「TenNE」の寝室には瞑想のための小部屋があります。中に入って襖を閉めると、外界の情報がシャットアウトされ、すっと集中力が高まる気がしました。手掛けたのは仏師・石原良定氏。仏師とは、彫刻家の中でも仏像を専門に作る職人のことを指します。

1階にはキッチンと、琉球畳が敷き詰められた和風リビングがあり、窓の外の庭を眺めながらのんびり過ごせそう。ここは最大5名の宿泊が可能。

燻製ダイニング「nomi」で味わう旬の食材

夕食は「BnCラウンジ」に併設する、路地裏の燻製ダイニング「nomi」がおすすめ。中でも、大きな燻製鍋で出てくる燻製の盛り合わせ（2,800円）はクラフトビールとの相性も抜群です。「nomi」の燻製料理は、井波の彫刻師が木を削ったときに出る木くずを使って燻すそう。この日は定番のソーセージやチーズに加えて、富山湾でとれた海老やバイ貝も味わうことができました。

こちらは一日二組限定のコース料理に入っている、前菜の盛り合わせとお魚料理。熱々の鉄板の上で、ジュージューと音を立てながら運ばれてくる赤鯛の香草パン粉焼が、食欲をそそります。前菜のプレートには、椎茸のサバ味噌焼き、アスパラの肉巻き、とうもろこしやトマト、おかひじきなど、地元農家さんから仕入れた旬の野菜がふんだんに使われており大満足。食材は季節によって異なります。コース料理を確実に食べたい方は、宿泊の予約時に夕食セットプランを選びましょう。

ものづくりの町・井波で職人の技術や作品と触れ合う

八日町通りの入り口近くにあるショップギャラリー「季の実」には、井波で暮らす彫刻家や陶芸家の作品、インテリアグッズ、地元ならではのスイーツやドリンクなどが並びます。「Bed and Craft」の宿でタッグを組んでいる作家たちの作品もここで買うことが可能。

そして宿泊の翌朝、職人への弟子入り体験ができるワークショップも井波に泊まる醍醐味のひとつ。職人が実際に働く工房へ出向き、時間も3時間しっかりかけて、本場のものづくりを体験できる貴重なチャンスです。木彫りのスプーンや漆の箸など、記念にお土産として持ち帰ってもいいし、大切な人への贈り物としても喜ばれそうです。

情緒ある町並みを歩くことで歴史を学び、宿の滞在を通して職人たちの作品に触れ、地元でとれた旬の魚や野菜を味わう。知らぬ間に町全体とつながっていく「Bed and Craft」での宿泊体験は、深く贅沢な時間でした。リピーターが多いというのも納得。知的好奇心を刺激されるものづくりの町・井波は、ぜひまた訪れたいと思う場所になりました。

※新型コロナ感染予防対策としてセルフチェックインをお願いしております。その他の詳しい対策についてはホームページをご覧ください。
https://bedandcraft.com/about/covid-19

Words: Satoko Muroga　Photos: Mitsue Yamamoto

2021/8/6

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