映画の聖地ハリウッドでマイケル・マン監督はじめ数々の巨匠の作品に携わるなど、第一線の編集者として活躍する上綱麻子(かみつなまこ)さん。今年7月には、映画編集の技術や心得などを記した著書『映画の切り札 ハリウッド映画編集の流儀』(星海社)を上梓。現在は編集者として活躍する一方、映画監督として出身地である広島を舞台にした作品を製作しています。資金集めなど映画製作の舞台裏や編集という仕事について、上綱さんにお話を伺いました。
1と1を繋げてプラスアルファを生み出す編集
『ブラックハット』(マイケル・マン監督)、『TOKYO VICE』(同)など数々の作品で編集者として活躍する上綱さん。映画に魅せられたのは、アメリカンスクールに通っていた小学生時代でした。漫画が好きで、絵を描くことが得意だった上綱さんは、たまたま目にしたハリウッド映画を観て映画の仕事に興味を持ち、高校一年生のときに大胆にも単身米国へ。コロンビア大学で西洋哲学を学んだあと、ニューヨーク大学大学院映画学科で映画作りを学び、再びハリウッドへ。2008年にある映画団体の主催する人材育成プログラムに選抜されたことが転機になりました。
「そのとき知り合ったプロデューサーの依頼で編集した映画『パライア』(ディー・リース監督)が、サンダンス映画祭のオープニング作品に選ばれたんです。それがきっかけでエージェントがつきました。そこからマイケル・マン監督のドキュメンタリーの話が来て......あの作品のおかげで編集者として仕事をもらえるようになったんです」
演出の良し悪しを判断し、脚本通りに映像を繋げて2時間の作品にまとめる編集者は、いわば色と音を操り、観客の感動する道筋を設計する職人。上綱さんは、映画編集はインビジブル・アート(見えない技術)であり、編集者は「1+1=2」ではなく「1+1=3」の魔法をかけるマジシャンだといいます。
編集ルームの様子。たくさんのモニタが並ぶ。
「1と1を繋げてプラスアルファを生み出すモノ作りをするのが人間だと思うんです。想像力、ビジョン、遊び心を積み上げることで何か大きなものを手に入れたい、そういうモチベーションを持つことができるのが人間だと思います」
映像を編集するとき上綱さんは、まるで天才数学者が数字の羅列のなかに法則を見出すように、たくさんの映像素材のなかに"光るもの"が見えるのだそうです。
編集ソフトウェアの実際の画面。映画全体のタイムライン、映像トラック、音声トラックが並列する。
「これだ!というものが見えるんです。『光っているな、嘘がないな』というところが見えるので、それをキャッチする。それが編集するときに本能的にしていることです。素材が語りかけているものを感覚でキャッチすることが最も大事だと思います」
製作費における日米の感覚の違いにカルチャーショック
編集者として最前線で活躍しつつ、今は第二次世界大戦後に広島で医院を開業した祖父を題材にした長編映画を撮影すべく、プロデューサー/監督としても奔走しています。
「映画人として、広島はいつか語らなければいけないとずっと思っていました。終戦後、原爆が残した後遺症のようなものはなんだったのか、どういう意味があったのか、戦争に翻弄された1人の医師の物語を見てみたいと思ったんです。今は資金集めを頑張っています(笑)」
今は地元・広島の事業者に支援を呼びかけています。努力が実り、映画をサポートするグループが構築されつつあるそうで、「とても心強いです」と笑顔も。
「この映画は、広島という街、人々のサポートなしでは作る意義もないし、作りたくないとも思っています。今まで語られていない広島の物語に共感してもらい、街おこしのアピールになれば嬉しいですね。『広島ってこういうところだったんだ、原爆でも殺せなかった街だったんだ』と見直してもらうきっかけになってほしいし、映画という表現で広島の心をどう表現できるか、勝負したい。広島人がしなければいけない役割だと思っています」
製作費は数億円。邦画では高額の部類に入りますが、米国と日本では予算に対する考え方に大きなギャップがあり、そこに葛藤も抱えているようです。
「日本で初の長編映画の製作費が数億円というのは膨大な額ですが、米国の尺度で考えると、本当にこの額で映画ができるのか、というぐらいの額なので、そのギャップに苦しんでいます。日本は予算(案)を作らなくても商談できるシステムになっていて、カルチャーショックでした」
米国では、まずは脚本から積み上げで予算案を決めるのだそうです。ですが日本の場合、過去の似たような作品の興行成績を見て、逆算して使えるお金を決めるのが一般的なのだとか。そのような風潮に、上綱さんは警鐘を鳴らします。
「逆算だけで製作費を出してはいけないと思いますね。製作費は頭金、シードマネーなんです。不動産は買った物件の価値が上がれば数倍で返ってきますよね。映画も同じだと思うんです。お金はお金を生むために使うわけですから。日本の企業はなるべくリスクを負わないように守りの体制になりがちですが、どうせお金を使うのなら、価値を倍増させるビジョンで作るべきだと思います」
米国では、製作費以上の価値を作品が持っているかどうかを表す「プロダクションバリュー」という言葉がある、と上綱さん。5億円の映画を15億円で製作したように見せることが必要で、それを可能にしてくれるのが裏方の職人、技師だといいます。
「経験、実績、技術......彼らのそうした価値が、作品に付加価値を与えてくれるんです。だから米国の映画界には労働組合があり、職人の技術の価値を認めています。日本はそこがまだ緩いのが残念ですね。映画産業が日本の素晴らしい職人の立場と尊厳と生計をサポートしなければいけないと思います」
今は海外に目を向けるチャンス
そのような日本の映画産業が抱えている課題は、著書『映画の切り札 ハリウッド映画編集の流儀』の中でも存分に語られています。本書を執筆した背景には、編集という「見えない」仕事に光を当てること、そして韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)が第92回アカデミー賞で作品賞を受賞したように、アジアの作品が注目されている今が海外へ目を向けるチャンスであることを訴えたいという思いがありました。
「韓国映画が快挙を成し遂げて、風向きが変わったんです。東洋の映画産業は今、すごく活発ですよね。なのに、日本の映画産業は勢いがない。いまだに国内産業に終始していて、外に目が向いていないのはもったいない、今がチャンスなのにと思ったんです。日本がいいと思う作品をどんどん作らないといけない。トップの職人にお金を注いで作らせたら、どれだけ素晴らしいものが作れるのか。その挑戦を見てみたいです」
今後は、現在取り組んでいる長編映画を「広島」3部作として実現させることと、新しい視点の時代劇を撮ることが目標と語る上綱さん。日本とハリウッドの映画産業に刺激を与える作品づくりがしたいと声を弾ませます。
「ハリウッドの映像技術で、今までにないような視点の時代劇や超自然現象的な日本の文化を映像化してみたい。日本人の映画人として、ハリウッドで映画づくりを習得した者として、日本人の感性を西洋の技術でどれだけ進化させられるかチャレンジしたいですね」
「映画の仕事がしたい」という夢を、類まれな行動力と情熱で実現させ、道を切り開き続けている上綱さん。インタビューでは日本映画界の現状を憂いつつも、監督作のアイデアをエネルギッシュに語る姿が印象的でした。
ハリウッドの技術と日本人の感性を合わせ持った上綱さんが、世界の人々にとって特別な意味を持つ街「広島」を舞台に描く作品であれば、それはまさに時代が求める新しい日本映画の誕生ではないか...。そんな予感を強く感じました。
上綱 麻子(かみつな まこ)
テキサス州ヒューストン生まれ。映画監督を志して16歳で故郷・広島を後に単身渡米。コロンビア大学にて西洋哲学専攻後、ニューヨーク大学大学院映画学科で学ぶ。第90回アカデミー賞4部門にノミネートされたディー・リース監督作品『マッドバウンド 哀しき友情』、マイケル・マン監督作品『ブラックハット』や『TOKYO VICE』など、多数の映画及び映像作品の編集に携わる。X JAPANの長編ドキュメンタリー『WE ARE X』の編集でサンダンス映画祭最優秀編集賞を受賞。映画芸術科学アカデミー会員。ハリウッド映画界にて現役で活躍中の日本人編集者。ロサンゼルス在住。
<DATA>
『映画の切り札 ハリウッド映画編集の流儀』
著者:上綱麻子
発行:星海社
ISBN 978-4-06-536475-8
発売日:2024年7月23日
Words: 河鰭悠太郎
Photos: 株式会社 KPS
2024/9/4
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