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マネー
2019.10.04
『MONEY TALKS ダーウィンに学ぶニューリッチへの極意』

歴史学者 三石晃生の不定期連載“知られざる、偉人とお金のはなし” 第二回 チャールズ・ダーウィン

チャールズ・ダーウィンといえば進化論で有名だが、地質学者(彼は生物学者ではなく地質学者を自認していた)の他にもう1つの顔があった。晩年、妻の分を除いたダーウィンの個人総資産は30万ポンド以上。現代の日本円にすると70億円を超える。しかもそれはダーウィンの主著『種の起源』の印税でなく、彼の長年にわたる「無敗の投資」の賜物だった。ここでは彼の学術的業績ではなく、ダーウィンとお金にスポットをあててお話をしたい。

華麗なるダーウィン家

ダーウィンは実は大学で教鞭を執っていたことがない。正確にいえば、正職に就いて働いたことさえない。彼の研究費用も全てが親の資産という大ボンボンである。それを可能にした彼の一族は、すこし特別な家系だった。ダーウィンの父方祖父は、当時イギリスで最高の名医といわれたエラズマス・ダーウィン。母方祖父の名は、ジョサイア・ウェッジウッド。ウェッジウッドで勘の鋭い方はお判りになると思うが、あの世界最大の高級陶磁器メーカー「ウェッジウッド」の創業者が母方祖父である。この祖父同士の親交から縁談が運び、ダーウィン家のロバートとウェッジウッド家のスザンナとの間に生まれたのが、チャールズ・ダーウィンだった。

父のロバート・ダーウィンには利殖の才があった。彼の資産帳簿が現在も残されているのだが、医者としての莫大な年収の他にも、貴族への貸金業、また運河建設などの巨大事業にも出資をしており、年収は1万ポンド(約2億4000万円程度)にものぼっていた。100ポンドで中流の生活が営めたとされる当時に、この収入は莫大なものだった。

彼が進化論にいきつく人生最大の出来事、ガラパゴス諸島などを巡ったイギリス海軍の調査船ビーグル号への乗船許可も名門ダーウィン家の出身ということが大きく働いた。結局、3年間の予定であったビーグル号の航海は延びに延びて5年間の大航海になった。ダーウィンは22歳から27歳までの多感な時間を船酔いとともに世界中で過ごしたのである。この時、ダーウィンの立ち位置的にはイギリス海軍の測量船に乗船した民間人であるため、給与は海軍から支給されなかった。そのため必要なものは全額自費での乗船になるのだが、父のロバートが5年間の費用を全て出してくれたのである。父のロバートは最初は不賛成であったが、ウェッジウッド家の説得のおかげでダーウィンは大航海に出られることになる。ロバートがダーウィンにお金を出さなかったら、人類は、現代よりもはるかに遅れた生物学しか手にしていなかったかもしれない。


生涯職歴なし チャールズ・ダーウィン

ビーグル号帰還の3年後の1839年、ダーウィンが30才のときにエマ・ウェッジウッドという女性と結婚する。エマはダーウィンの従姉妹で、名前から分かる通りあのウェッジウッド家の出身である。ダーウィンは大学で教えていたわけではなく、自宅で研究をしていた。その後も生涯ダーウィンは収入のために働いたことは一度もない。ゆえに当然のことながら二人の生活費は実家の財産に依存していた。父からダーウィンに年500ポンド、妻エマにはウェッジウッド家から年400ポンドの仕送りがされていた。そして結婚に際して妻のエマはウェッジウッド家から5000ポンドの債券を、ダーウィンは父から1万ポンドの債券の譲渡を受けている。これらの債券は年4%の利息を生んだので、利息だけでも年600ポンドの収入になる。二人合わせての年収は計1500ポンド。ダーウィン夫妻は、現代の価値でいう3600万円相当の年間不労所得があったのである。

ニューリッチ・ダーウィン

1848年、ダーウィンが38歳のとき、父のロバートが没する。生前のロバートは着々と資産を増やしており、数々の農場や貸付抵当やアメリカの産業界への投資なども含めて遺産総額は4万5000ポンドと推定されている。これは現代総額にして約11億円に相当する。父の遺産相続後、もともと細かな推移を見るのが得意で、粘り強く慎重な性格が幸いし、ダーウィンは金融資本家としての才能を開花させていく。

ダーウィンはビーグル号乗船から細かく帳簿をつける習慣を身につけていたため、彼の収入記録がかなり詳細に残っている。彼の投資戦績をみてみると1850年代には年間5000ポンド程度の収入を投資によって得ていた。これは既にイングランド国内の不労所得生活者番付の上位数パーセントに入る大富豪である。投資というのは同じ年数であれば投資額が多ければ多いほど利を生むことになる。1860年代には年収6000ポンド、70年代には8000ポンドと着実に収益が伸びていく。8000ポンドは現代総額に換算すると年収約2億円程度。かといって贅沢をするわけではない。ダーウィンは今の感覚でいえば、庶民感覚を保ったままの地味な富裕層といわれる「ニューリッチ」の人々に近いといっていいだろう。

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ダーウィン流不敗の投資術

ダーウィンの投資判断は決して大胆でもなく、むしろ進化論の『種の起源』の出版に40年もかけたことからもわかるように、じっくりと熟考するタイプだった。エマ・ウェッジウッドと結婚する時にもダーウィンは、「結婚の損得」を利点と欠点とを書き比べて考えているほどだ。ちなみに結婚の欠点としては、本を買う金が減ること、利点には孤独からの救済を挙げている。

ダーウィンの投資には全く奇抜なところがない。淡々と、丁寧に、投資をし続けた。彼は危ない橋を決して渡ろうとしなかった。

1851年イギリスでは全長約1万1000キロにわたる鉄道路線が敷設される大鉄道ブームが起こり、一夜にして富豪と没落者が生まれる投機の対象になっていた。ダーウィン夫妻の投資は比較的安全な貸付金専門と鉄道という二面作戦を展開したものの、鉄道ブームにはあえて乗らなかった。鉄道ではブームが収束し、活気がないときに買い、好機をみて大量に資金を投入するという当たり前のことを当たり前のようにやり、財を堅実に増やしていく。

ダーウィンは何年もかけてニュースと株式市場を観察し、さらにプロの意見も仰いだ。彼を臆病だとする人もいたが、彼にしてみれば今持っている莫大な資産さえも砂上の楼閣にしか思えないのだった。彼の投資眼に楽観の二文字はない。
収入の大半は株式市場の変動に左右される、社債は値下がりすればそのまま会社が倒産して資産価値はゼロになる可能性がある。1つのパニックは、他所にも必ず波及し、鉄道バブルなどいとも簡単に崩壊する。常にダーウィンは細心の注意を投資に払い続け、株式という流動的なもの以外にも不動産という静的なもので万が一を補填できるようにするという投資に対するバランス感覚も見事だった。またダーウィンは自分の資産に影響を与え得る国際情勢の情報入手と分析眼も鋭かった。遥か海の向こうのカリフォルニアとオーストラリアでゴールド・ラッシュが起こったという情報をキャッチすると、自分の保有する証券の価値を下げるのでないかということに用心をしたほどだ。

ダーウィンの生涯投資戦績は(資産家一族ウェッジウッド家出身の妻エマの分を別として)、晩年には最低でも総資産約30万ポンド(現代総額約70億円相当)にまでのぼったとされる。30代のときに亡父ロバートから相続した遺産は4万5000ポンドだったが、人生を通じてその資産を約7倍にまで育て上げたのである。やはりそのポイントは、観察とそれに基づくデータ分析、仮説と地道さ。科学研究と全く同じ手法だったのである。

投資のモティベーション

彼は贅沢な生活をしたわけではないし、贅沢も望まなかった。それなのになぜ、そこまで投資をし続けたのか?それはダーウィンの7人の子供たち(ほか3人は早逝)の将来のためであった。ダーウィン自身も自分の人生が、親の資産による恩恵であることをよくよく思い知っていた。人とコミュニケーションをとったりすることがダーウィンは大の苦手だったから、彼は『ファーブル昆虫記』のファーブルのように自分で収入を得ながら研究をすることは絶望的だった。(ちなみにファーブルとダーウィンは「進化論」をめぐって手紙のやり取りをしていたことがある。)たとえ大学に招聘されてもダーウィンの性格的には教壇に立つことはできなかっただろう。彼は一族の資産のおかげで存在しえた。進化論で生物学界にイノベーションを起こしたチャールズ・ダーウィンも、全ては親の築いた資産がなくては存在しえない至宝だったのである。資産の恩恵を、自分がそうであったように子供たちの未来のためにも残しておきたかった。それが彼の投資の動機である。
ダーウィンにすれば、自分が遺す資産が30万ポンドでも不安だった筈だ。30万ポンドも7人の子供に分割すれば4万ポンド程度に目減りしてしまう。なぜ彼はお金を増やし続けたのか。彼の純資産約30万ポンド(約70億円)は、ダーウィンの子供たちへの愛の形だったのである。

illustrations by Mao Nishida

■主要参考文献■
A・デズモンド、J・ムーア『ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯 Ⅰ』工作舎(1999年)
A・デズモンド、J・ムーア『ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯 Ⅱ』工作舎(1999年)
松永俊男『チャールズ・ダーウィンの生涯 進化論を生んだジェントルマンの社会』朝日選書(2009年)
松永俊男『ダーウィンの時代―宗教と科学』名古屋大学出版会(1996年)
A・デズモンド、J・ムーア『ダーウィンが信じた道―進化論に隠されたメッセージ』NHK出版(2009年)

著者プロフィール
三石晃生
東京生まれ。歴史学者/株式会社goscobe代表取締役大学2年次より渋沢栄一子爵・井上通泰宮中顧問官らが設立した(公社)温故學會・塙保己一史料館の研究員を務める。現在は同所の監事を兼任。2017年に実証史学の歴史分析手法を用いた世界初の歴史コンサルタント「株式会社goscobe(グスコーブ)」を設立。佐宗邦威氏の(株)BIOTOPE・外部パートナー、金沢の老舗酒造・福光屋顧問、(株)OPENSAUCEで"wiseman"を務める傍ら、映画評論なども多岐にわたって活動。

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2019/9/6
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