新年といえば初詣。神社に詣でる機会の増えるこの時期、気になるのがお守りです。お守りには、神社の霊験によって多様な意匠があり、そこに込められた願いや誓いを感じ取ることができます。

しゃらしゃらという、水のせせらぎにも似た耳に心地よい涼やかな音色を奏でるこちらの鈴。「五十鈴（いすず）守り」として、奈良県の南部・天川村、大峯山のふもとに鎮座する、天河大辨財天社（てんかわだいべんざいてんしゃ）で授けられています。
天河大辨財天社は天河神社とも称され、広島の厳島、滋賀の竹生島、神奈川の江ノ島、宮城の金華山と並んで、五大辨財天に数えられます。そんな格式のある天河神社に、神代より伝わる「神代鈴」を模してつくられたのがこの「五十鈴守り」です。

神は音にのって現世に降り立つ

「当社に神宝として伝わる五十鈴は、『古事記』の「天岩屋戸（あまのいわのと）」伝説に由来があるものです。岩屋戸にお隠れになられた天照大御神（アマテラスオオミカミ）を、外へ誘い出すために天之宇受売命（アメノウズメノミコト）が岩屋戸の前で舞いを舞います。そのとき手にしていた矛についていたのがこの五十鈴です」と、天河神社で禰宜（ねぎ）を務める柿坂匡孝さんは説明します。
日本に古来より伝わる神道には、地上で奏でられた音にのって神が現世に降りてくるという考え方があるのだそうです。

柿坂禰宜に案内され、いざ参拝です。鳥居をくぐり境内を横切って歩みを進めると、階段を登った左手に拝殿が現れます。拝殿とその先にある本殿が、舞台と向かい合って立っている配置に、違和感を覚えるかもしれません。一般的には拝殿とその先にある本殿は、参道に対して垂直に立っています。しかし天河神社やその周辺には日本古来の自然信仰が残るため、山に向かって本殿が建てられているのです。

祭壇の前で鈴を鳴らすときには、ぜひその音色に耳を澄ませてください。見上げればこの鈴もまた、五十鈴をモチーフとした三つの鈴から成る三角形が重ねられた意匠をとることに気がつくでしょう。上下の鈴はそれぞれ金と銀でできており、総重量は30キログラムにもなります。鳴らすときには鈴緒を持ち、鈴に描かれた渦巻状の溝に沿うようぐるぐると回すと、澄んだ鈴の音を響かせることができます。

五十鈴、そして天河神社の御利益とは？

「五十鈴には五十の神々が内包されており、その音には心身を統一し魂の調和をとる働きがあります。当社に伝わる五十鈴は青銅製で約10cmの大きさですが、お守りとして日々身につけていただくために、現在はミニチュアにしてお授けしております」と柿坂さんは言います。

天河神社で祀るのは、市杵島姫命（イチキシマヒメノミコト）という、辨財天としても信仰されている神です。
神社の縁起は紀元前660年前、神武天皇が東征の折にまで遡りますが、有史においては、いまから約1300年前。修験道の開祖とされる役行者（えんのぎょうじゃ）、本名を役小角（えんのおづぬ）が、大峯山系に修行場を開いた記録が最古です。役行者が開山するにあたって、天川の地で鎮護国家を神に祈ったところ、羽衣を着た天女が舞い降りたのを目撃し、その姿を辨財天として祀ったとして伝わっています。

辨財天といえば、現在でこそ商売の神、また芸能の神として知られます。しかし山からの清流せせらぐ天川を訪ねれば、もともとは豊かな水で農作物の五穀豊穣をもたらす水の神で、そこから現在の御利益へと転じたことがよくわかることでしょう。
「神の神格は人々の祈りのかたちとともに変化すると考えられています。最初は水を求めていた人々も、ひとたび水が得られると、次はどうしたらよりよいものがつくれるのかという、知恵や才能を神に祈るようになります。そうして生活に余裕が生まれると、今度は祈りの歌や踊りといった娯楽から、芸能、財をもつといった方へと信仰が発展していったのです」と柿坂禰宜は説明します。

人生のターニングポイントで訪れたい

天河神社には芸能関係者のほか、人生の転機で訪ねる人が多いことが知られています。いったいなぜなのでしょうか。

天川を含む吉野川以南の紀伊山地は、降雨が多くその山の険しさから、簡単には人が踏み入ることのできない場所でした。そのため古くから畏怖の対象であると同時に、神仏の宿る聖域と考えられており、現在でも「神から呼ばれた人でないと辿り着けない」と言われることがあるほど、神聖視されています。2004年には『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコ世界文化遺産にも認定されました。

「天川は熊野と吉野という2つの聖地を結ぶ位置にあります。熊野の母親の胎内にいるようななだらかな山並と、吉野の起伏の非常に激しい対照的な風景。これを、それぞれ密教世界の胎蔵界と金剛界になぞらえると、ちょうど中心にある天川は、人が一生のうちで産声をあげこの世に生まれ出た『ひとつの出発点』であるとする考えがあるようです」と柿坂禰宜は言います。

また弘法大師・空海が、高野山開山の前に天川を訪ねた記録も残っています。大峯山での修行時、最大の行場としたのが天河神社だったそうです。
熊野、吉野、そして高野山に三方を囲まれる天川は、いにしえより現代に到るまで人々が信仰を寄せる強力なパワースポットして、知るひとぞ知る場所だったのです。

天河神社で授かることのできる五十鈴のお守りは、真鍮製の根付（2,800円）のほかにも、金銀でメッキを施した3万円のものから、18金で15万円、銀製金箔仕上げで30万円のものまでさまざまあります。基本的には神社にお参りして授かるものですが、事情によっては郵送も受け付けているそうです。新年の抱負をもって天河神社を訪ねるもよし、鈴の音に耳を傾け心を新たに活力を授かってみてはいかがでしょうか。

Words: Hazuki Nakamori　Photos: Yuta Togo

天河大辨財天社
奈良県天川村にある神社で、日本五大弁財天のうちのひとつ。山岳信仰のメッカである、大峯山系のひとつである弥山に奥社、麓に本殿のある里宮が鎮座する。

ご参詣ご予定の皆様へお願い
神社の鎮座する天川村は人口1,350人余り、総世帯650軒程の高齢者が多く暮らす山村です。村民の皆様の感染リスクを考慮し皆様のご協力をお願い致します。
ご参詣時のマスク着用
ご自身の予防と安全、他の方への安全の為、境内では必ずマスクを着用下さいますようお願い致します。

2020/10/19取材
2021/6/24編集

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