川崎の食を支える台所「川崎市中央卸売市場北部市場」に、朝7時から開店しているカフェ&ギャラリーがあるのをご存じでしょうか。精肉店や乾物屋の立ち並ぶ棟の一角に店を構える「調理室池田」は、卸売市場というちょっと特別な場所での朝食を体験できるカフェ。2018年のオープン以来、市場で働く人や地域のお客さんだけでなく、料理人やグルメブロガーたちにも愛される店として、話題を集めています。一体どんな想いで始めたカフェなのか、店主の池田さんに尋ねてみました。

川崎の卸売市場に吹いた新しい風

神奈川県川崎市宮前区にある「川崎市中央卸売市場北部市場」は、鮮魚や水産加工品を扱う水産棟、野菜や果物を扱う青果棟、切り花や鉢物を扱う花き棟、食肉や調味料を扱う関連棟から成る中央卸売市場です。全国各地からの食材を運ぶトラックが出入りし、早朝から活気のある声が飛び交います。

土曜日には朝市が開催され、お刺身や海鮮、そばなど新鮮な食材でランチを楽しめる食堂エリアもあり、賑わいを見せています。市場運営ルールが変更になり、午前8時以降であれば一般客も市場内に入れるようになりましたが、もともと関係業者以外の立ち入りは禁止されていた場所。当時はまだ関係者のみが出入りしていた中央卸売市場の一角で、2018年にオープンしたのが「調理室池田」です。

「調理室池田」を運営するのは、料理を担当する池田宏実さんと、フードビジネスを長く手掛けてきた池田講平さんのご夫婦。今回お話を聞かせていただいた宏実さんは、会社員時代から飲食に携わり、退社後は個人で料理教室やケータリングの事業を営むように。料理の材料を買うためにご夫婦で北部市場へ通ううちに、テナント募集の貼り紙を見つけたことが開業のきっかけだったのだとか。

「料理教室をやりながら、よく行く市場内の魚屋さんで新鮮なお魚の知識を教えていただいていました。魚屋のオーナーは、私の料理の師匠でもあります。ある日、市場の乾物屋の倉庫として使われていた空き物件で募集の貼り紙を見たとき、不思議と『ここであれば自分たちでお店をやってみたい』と感じたんです。といっても、当時は一般の方も出入りできなかったですし、飲食業の募集もありませんでした。川崎市に申し込んだときも首を傾げられましたが、事業計画を提案させていただき、『早朝からコーヒーが飲める場所ができるのはいいかもしれない』と、市場長の一言で決まりました」（宏実さん）

市場の食材を活かした朝食やこだわりのスイーツ

"市場で働く人たちにおいしい朝ごはんとコーヒーを提供したい"、という想いでスタートしたお店だったので、オープンは朝の7時。朝一番、場内の常連たちはテイクアウトが中心。淹れたてのコーヒーとサンドイッチを買って仕事へ向かう方が多いそう。
卸売市場法改正のタイミングも相まって市場のルールが緩和されていき、一般のお客さんの入場が許可されてからは、地元の方や料理人、食の愛好家たちの間で徐々に話題となりました。今では行列ができるまでになったそうです。

店内の家具や入り口の扉などもすべて、池田夫妻が各地から買い付けて集めたもの。歴史ある市場内という立地や、アンティークを扱うギャラリーでもあるので、家具はどれも年代が古いものばかり。どこか懐かしく、居心地のよい空間が広がっています。

こちらは開業時からの看板メニューである「ツナメルトサンド」（715円）。気軽でおいしいアメリカ発祥の国民的な朝食として知られています。サンドイッチは、他に日替わりサンドもあり計2種類。コーヒーも日替わりで、農園や生産者を銘柄とするシングルオリジンコーヒーを提供しています。朝食は数量限定なので、10時半頃には売り切れてしまう日が多いのだとか。
「ツナメルトサンドは、市場だからこそ仕入れられる食材で考案したメニューなんです。開業前から通っていたお魚屋さんで出るマグロの切り落としを安く買わせていただき毎日仕込んでいる手作りのツナと、レッドチェダーチーズを挟んで焼いています」（宏実さん）

「調理室池田」ではスイーツも提供しています。取材で訪れた秋頃は、季節のスイーツを目当てに訪れるお客さんも多数。大ぶりなりんごをぜいたくに使ったタルトタタンは、あっという間に売り切れてしまうそう。13時のラストオーダーが終わってからも、宏実さんとスタッフさんは忙しなく明日の仕込みをしていました。

店内で販売されている調味料は、長年料理を続けている宏実さんが太鼓判を押すアイテムばかり。イタリア産「LA PETITE EPICERIE（ラ プティット エピスリー）」のエクストラバージンオリーブオイルや白バルサミコ、小野田製油所の「玉締め絞りごま油」など。これらがないと料理の味が決まらないのだとか。パッケージもかわいいのでギフトにもおすすめです。

選りすぐりのアンティーク小物が並ぶギャラリー

2階のギャラリースペースに上がると、雰囲気ががらりと変わり、ヨーロッパを中心としたアンティーク小物と家具が並んでいます。多くがフランスから仕入れているもので、イタリア、オランダ、アフリカ大陸、朝鮮半島などから集めたユニークな食器や家具もあります。

フランスのアンティーク食器として人気の、手吹きグラスのコレクション。1点1点、少しずつ形が異なる愛おしいデザインです。パリの蚤の市を訪れたような気持ちになります。

2階では、年に数回アート作品の展示なども開催しているといいます。
「（コラージュアーティスト）小町渉さんのコラージュ作品を展示したことをきっかけに、定期的にアーティストを迎えて展示を行っています。夏には韓国のセラミックアーティストによる作品の受注会を行いましたし、秋にはアートやファッション関連のZINE（ジン／個人・小規模で作られる雑誌のようなもの）を買えるミニブックフェアを開催しました」（宏実さん）

市場内でしか味わえない特別な時間を

池田夫妻の想いが詰まった「調理室池田」へは、こだわりの食材で作った朝食やスイーツを目当てに全国各地からお客さんが訪れます。ランチの時間が近くなると混雑するので、狙い目は平日の朝だそう。卸売市場という、普段あまり訪れることのない場所で食べる絶品の朝食は、きっと忘れられない体験となるでしょう。
活気があふれる卸売市場で、食材の買い出しをする前に立ち寄ってみるのもいいかもしれません。

Words: Satoko Muroga
Photos: Harumi Obama

2023/11/13

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