野点（のだて）という言葉を聞いたことがありますか？　ごく簡単に言えば、茶室ではなく屋外で楽しむ茶の湯のこと。公園でも、河川敷でも、山の中でもいい。つまりアウトドアでの茶道。そのための軽量＆コンパクトな「野点セット」を販売しているのが、日本を代表するアウトドアメーカー、モンベルです。

手のひらの茶道具

「雨具や寝袋に比べれば決して販売数は多くありませんが、野点セットは弊社のロングセラーのひとつといえます。2002年の発売以来、ほぼかたちを変えることなく、コンスタントに売れ続けている製品なんですよ」（モンベル広報部／金森智さん）

手のひらサイズの巾着と上部ケースには、茶筅、茶杓、茶碗、茶巾、盆2枚、棗（なつめ・抹茶を入れる容器）が収まっています。それでいて305グラムと超軽量。缶ビール1本よりも軽いのです。

一般的な茶道具とのいちばんの違いは茶碗の素材でしょう。陶器ではなくメラミン樹脂製。これが軽さの最大の秘密です。茶筅や茶杓も、使い勝手とコンパクトさのバランスをとりながら、出来得る限り小さくつくられています。

和のデザインを取り入れた巾着は軽量かつ耐久性の高いナイロン製で、側面と底部には緩衝材としてスポンジを内包。携帯性をとことん追求した仕様なのです。

アウトドアで茶席をつくる

テント、寝袋、雨具やバックパックなど、さまざまなアウトドア用品を製造、販売しているモンベル。プロフェッショナルが使うギアからタウンユースもOKのウェアまで、幅広い製品を扱っています。そのなかで、なぜ「野点セット」という少し趣の異なるアイテムが生まれたのでしょうか？

「創業者の辰野勇（現会長）の趣味のひとつが茶道だったんです。『持ち歩きできる野点の道具を考えよう』という辰野のアイデアから生まれました。当初は、果たして売れるのだろうかと疑問でしたが......（笑）」（金森さん）

アウトドア好きのなかでも茶道に興味をもつ人、モンベルのイベントに参加した人などが野点セットの存在を知り、少しずつ認知されていったそうです。

そういえば、外で豆を挽きコーヒーを楽しむクライマーやキャンパーは決して少なくありません。コーヒーを抹茶に代えて考えれば、野点もまた、アウトドア好きの興味の対象として十分な素地があったのかもしれません。

本来の野点で使う敷物、緋毛氈（ひもうせん）をヒントにした「野点シート」（5,060円下写真参照）という製品もつくられています。底面にウレタンコーティングを施し防水性を確保。四隅にはペグダウン用のハトメが付けられた、フィールドに茶の間を演出するシートです。辰野会長（いずれも写真右側の人物）自ら、国内・海外を問わずトレッキングで野点を楽しんでいるそうです。

「アウトドアで席をつくって、そのときだけは正座して、簡略化されてはいますが作法のなかで茶の湯を楽しむ。"型"をつくることはおもてなしの気持ちを表すことでもあります。それが屋外のおいしい空気、素晴らしい景色とマッチすれば、かけがえのない経験になるのではないでしょうか」（金森さん）

野の遊びに垣根なし

モンベルに長く勤める金森さんは、約20年にわたって日本のアウトドアシーンの変化を見つめ続けてきました。そのひとつの側面として、ライトなアクティビティからハードな方向まで、アウトドアの概念は年々幅が広がってきているといいます。

「昔は登山をする人、カヌーを漕ぐ人、釣りをする人というようにはっきりジャンル別に分かれていて、専門性が高かったように思います。それが少しずつ融合して、"自然の中で遊ぶこと"を幅広く楽しむ人が増えてきたと感じています」（金森さん）

実は1990年代初めまで、モンベルには女性用の登山ウェアがありませんでした。例えば雨具はユニセックスとして販売。身体の小さい女性は小さいサイズを選んでいたのです。当然、女性好みのカラーの選択肢などは望むべくもありませんでした。

今日販売されている女性用のアウトドアウェアは、消費者の要望とモンベル社内からの企画が一体となり、少しずつその数を増やしながら、製品ラインナップを形成してきたというわけです。この流れはキッズ用ウェアなどにも当てはまります。

野点セット開発の発端は辰野勇会長のジャストアイデアです。しかしながら"アウトドアの楽しみ方の幅を広げる"という点において、女性用やキッズ用ウェアの開発・進化と、根底でつながっている製品だと感じました。

一期一会

ともあれ理屈は抜きにしても、野点は我々に新しい楽しみを与えてくれます。いつものハイキングに、オートキャンプに、自転車のツーリングに持っていく。野点セットが加わることで、必ず新しい発見があるはずです。それは金森さんが言った「おもてなしの気持ち」に由来するものではないでしょうか。仲間や家族との時間がかけがえのないものだと改めて知る。それはまさに茶道の本質である"一期一会"にほかなりません。

野点における床の間の掛け軸は山々のスカイラインであり、花入は野に生きる可憐な山野草です。茶室のしつらえはもとより自然風景の象徴ですが、いま一度茶の湯をアウトドアに戻すことで、削ぎ落された茶道のエッセンスが浮き彫りになるのです。

そして仲間や家族だけではなく、野点セットを広げて楽しんでいる様子を見た周りの人はきっと「やってみたい！」と思うはず。「どこで売っているんですか？」と尋ねてくる人もいるでしょう。そこで小さなコミュニケーションが生まれるのです。この野点セットにはもしかしたら、人の輪を広げるという役割も備わっているのかもしれません（下写真はモンベル 品川店）。

Photos: Hiroyuki Suzuki　
Words: Tomoshige Kase

2019/11/6取材
2021/3/12編集

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