日本一予約がとれない焼き鳥店「鳥しき」。その神業ともいわれる"焼き"の技術は、焼き鳥を"道"の域にまで高め、日本ならではの食文化として、世界に魅力を発信しています。そんなグルメ垂涎の味を、どうしても食べてみたいという人には、お弁当でいただくという裏技が。完璧な技で焼き上られた焼き鳥は、持ち帰りにしてもなお光る、至高の美味です。

食通を惹きつけてやまない、鳥しきの魅力とは

目黒駅から至近の地にありながら、がらりと引き戸を開ければ、ほのかにお香が薫る、およそ焼き鳥店とは思えない静謐な空間が広がります。コの字型のカウンターの中央にしつらえた焼き台には、勝負を挑むかのような真剣さで串をこまめに返し、うちわであおいで備長炭の火力を調節し、旨みの水分をはけで塗り、納得のいく焼き上がりへ向けて微調整を繰り返す、店主・池川義輝さんの姿がありました。

若いスタッフも大勢いますが、炭に向き合えるのは、池川さんだけ。「旨みを逃さないよう、近火の強火で焼き上げるよう心がけています。遠火だと、どうしても水分が失われてしまいますから。鶏は柔らかさと旨みを兼ね備えた福島の伊達鶏をさばいて使っています。12年前に店を開ける際に、十種ほどの鶏を試して惚れ込んだ鶏です。それでも毎日状態は違うし、気温や湿度で炭の火力も変わってくる。それを日々調整して、一定の仕上がりに揃えています。"焼き"は、本当に奥が深いのです」と池川さん。

焼き立てのかしわを頬張れば、一片の鶏肉が炭であぶった香ばしさと、パリッとした食感をまとい、きゅっきゅっと心地よい歯応えを残して瑞々しい旨みが溢れます。焼き鳥とは、野趣に富みながらもここまで気高い味だったのかと、驚かされることしきり。つくね、手羽先、ぼんじり、砂肝、はつ......、野菜をまじえて季節の30串ほどを食べ終えるころには、すっかり夢心地に。そして、食べ終わったそばから、また明日も食べたいと思わせられる。それは奇を衒うことなく、本質の美味しさのみを追いかけた焼き鳥だからです。

鳥しきが、お弁当をつくるわけ

"ああ、そんな焼き鳥を一度でいいから食べてみたい"と、鶏好きはもちろん、美味しいもの好き、和文化好き、職人好きなら、誰しもが思うことでしょう。ところが、鳥しきの席を確保するのは至難の技です。

予約は、毎月営業日の初日の午後６時から、2カ月先の1カ月間を電話で受け付けるシステムですが、それも開始から瞬殺で埋まってしまうことがほとんど。でも、実はそんな"いつかは鳥しき"の夢が、簡単に叶う方法があるのです。

ずばり、お土産として人気のお弁当の購入です。"え、食事に行った人だけの特権なんじゃないの？"と思った人、さにあらず。もともとは常連さんの"家族にも食べさせてあげたいから"という声に応えたものでしたが、これが評判になり、今では食事をしなくても持ち帰りできることに。

「家庭で炭の香りを楽しむことって、ほとんどないですよね。ぜひ、多くの人に家でも楽しんでもらいたいと思って、どなたでも買えるようにしました。焼き鳥って、実は冷めても美味しいんですよ。翌日になると、ご飯とのなじみもよくなって、これもまたあり。お弁当をつくるようになって、焼き鳥の可能性を改めて知ったくらいです」と池川さんは言います。

つくる過程を見せていただきましたが、ピンポイントな焼き上がりを見極める真摯な姿勢は、店内でゲストに供するときとまったく同じ。人肌に冷ましたご飯に、上質なのりの細切りをたっぷりと敷き詰め、その上に焼き上がったかしわ、つくね、ぼんじり、白玉（うずらの卵）、ししとう、肉厚の椎茸を順に串を外して並べていきます。ぴかぴかの鳥たちがぎゅっと詰まった折箱は、小さいながらも手渡されればずしりと重く、"これは！"と期待に胸が膨らみます。

焼き鳥の素晴らしさを改めて教えてくれるお弁当

家に帰り、わくわくどきどきしながらふたを開ければ、確かに、焼き立ての表情とは違います。"やっぱりお弁当だしな"と、思いながら、ひと口頬張ってみると、これが予想を遥かに超える美味しさ！　最高の処理をほどこした鶏肉に串を打ち、精度高く焼き上げた鶏肉は、熱々ではなくても、歯応えや香ばしさが口中でよみがえり、めくるめく幸せをもたらしてくれるのです。

焼きが不十分な鶏肉では、時間をおけば悪いところが全面に出てしまいますが、1秒たりとも火を入れ過ぎず、かつ完璧に焼き切った鶏は、時間を経てなお熟成にも似た別の旨みが生まれるのです。お弁当をいただくことで、鳥しきの技術の高さを改めて知る。いやはや、これには驚かされました。

では、その予約と購入方法を。お店の電話応対は15時から。それまでは朝届いた鶏肉をさばくところから始まり、下ごしらえに集中するための時間です。15時以降も電話がつながりにくいことがありますが、あきらめずに何度かトライすれば大丈夫。電話口にお店のスタッフが出たら、注文の日時と個数を告げて、あとはその日を楽しみに待ちましょう。受け取りは18時半くらいがベストだとか。もちろん営業中ですが、うかがって問題ないとのことなので、臆せず、がらりと戸をあけてください。

最後に、気になるお値段は、ひとつなんと2,500円。おまかせコースのひとりあたりの目安となる予算が8,000円程度ということを考えても、十分リーズナブルだといえます。例えば、家族へのちょっとしたお土産に、残業で頑張っている部下たちの差し入れに、あるいは友人たちの集まりに手土産として持っていけば、歓声が上がること間違いなし。もちろん、自分へのご褒美に買うのもいいでしょう。1万円札1枚で、入店困難な名店の貴重なお弁当が４つも購入が可能。これだけ価値のある使い途はそうそうないかもしれません。

2019/4/16取材
2021/6/24編集