江戸時代から庶民に親しまれてきたとされる「いなり寿司」。手軽に食べられる日本の伝統食です。

いなり寿司といえば「甘辛い油揚げと酢飯の味」。あまり具材に意識を向けたことはないかもしれません。そんないなり寿司を「具材のバリエーションを楽しむもの」へと進化させたのが、今年1月にオープンした「KITAINARI（きたいなり）」です。同店は、昼はいなり寿司専門店としてオープンし、夜はまた別スタイルの鮨店へと変わります。2つの顔を使い分けて魅せる、新進気鋭の店を訪ねます。

昼はいなり寿司のテイクアウト、夜は江戸前鮨のフルコースを提供

東京・麻布十番の静かな路地に、鮮やかな赤色がはためきます。お昼時の11時30分〜16時だけに営業する、いなり寿司のテイクアウト専門店「KITAINARI」です。

オーナーの北村崇彦（きたむらたかひこ）さんは、料理人としてホテルや和食料理店で研鑽を積み、数年前までは海外で活動していました。おでんや焼き鳥といった手軽な和食から懐石料理まで、幅広い日本食の知識や経験を持つプロフェッショナルです。

テイクアウト専門店にも関わらず、店内には立派なカウンター席や半個室を備える「KITAINARI」。実はこの空間、夜になると、本格江戸前鮨を振る舞う「鮨 割烹 ゆうずうむげ」へと変わります。江戸前鮨一筋の料理長・福田篤氏を筆頭とした独創的な和食フルコースも楽しめるのです。

いなり寿司のテイクアウト専門店と鮨割烹、2つの顔を使い分ける特徴的な鮨店が提案する、話題のいなり寿司。早速ご対面してみましょう。

すき焼きや羊肉まで！新次元かつヘルシーな大人のいなり寿司

「KITAINARI」が提供する全8種のいなり寿司を1個ずつ詰め合わせた定番商品「いなりずし 全8種セット」です。グラフィックアーティストのMIHO MURAKAMI氏が手がけた印象的な狐のイラストも気が利いていて、ちょっとした手土産にも喜ばれそうです。

箱の中には、綺麗におさまった小ぶりのいなり寿司。具材は「そぼろ」を使ったラインナップ（写真の上段4個）と「旬菜」を使ったラインナップ（写真の下段4個）があります。

そぼろ系には、国産鶏の「塩麹そぼろ」、和牛の「すき焼き卵黄そぼろ」、国産豚の「生姜焼きそぼろ」、羊肉の「カレーそぼろ」。旬菜系には、「ごぼうバルサミコ」、「昆布」、「おかか」、「季節のきんぴら」があります。

具材はシャリに混ぜているのではなく、シャリの上に乗った状態で包まれていて、個性ある味を鮮明に楽しめます。中でも印象的だったのは、羊肉を使った「カレーそぼろ」。羊肉独特の旨味と食欲をそそるエスニックの香りがクセになります。

「季節のきんぴら」は四季ごとに使われる野菜が変わる一品。「ごぼうバルサミコ」はさっぱりとおしゃれな味わいです。

「KITAINARI」のテーマは"カラダが喜ぶいなり寿司"。現代ならではの健康志向に寄り添いたいとの想いが込められています。油揚げは一度油抜きし、酢や醤油に含まれている以外の砂糖を使わず甘酒と鰹出汁と醤油で煮込んだ優しい甘さに仕上げます。そぼろ肉は脂身が少なく旨味の強い部位を使用し、調理工程でも再度油抜きをするなど、健康を考えた工程で作り上げられています。

伝統に専心したこれまで。だからこそ、今は「融通無碍（ゆうずうむげ）」でありたい

クリエイティブないなり寿司の背景には、北村さんの「融通無碍」の精神があります。融通無碍とは「しがらみなく自由。転じて、考え方や行動が何物にもとらわれず、 自由でのびのびしていること」。料理だけではなく、人としてもそうでありたいと語ります。

「ある漫画でこの言葉を見かけてから、ずっと好きでした。お店をやると決めた時も、普通ではない、ちょっと変わったものをやりたいという気持ちがスタートです。最初はおにぎり店を考えていましたが、おにぎりが具材で選ばれるのに対して、いなり寿司は『いなり』という1つの味で固まっているのを不思議に感じまして。いなり寿司の具材を種類豊富に用意したら面白い店になりそうだなと思ったんです」

学校よりも厨房が好きだったという北村さんは、16歳で兵庫県のホテルで料理人として働きはじめ、その後は京都の老舗料亭のシェフがプロデュースする新店舗の開店に伴い海外へ。シンガポール、そして香港と15年間海外の飲食店で腕を振るいました。

「僕が働いた店の多くは、伝統の手法や決まり事を重んじる現場でした。その反動で"融通無碍"であることに憧れたのかもしれません。今は、ちょっと変わったことや、自分らしいことにこだわりたいんです」（北村さん）

海外での仕事に区切りがついた頃、これまで深く携わってきた和食の世界を自分なりに切り拓こうと「ゆうずうむげ」をオープン、追って「KITAINARI」も誕生しました。なぜ、いなり寿司のブランドを立ち上げたのかを伺うと「この料理に賭けているという情熱を伝えるために、『専門店』と名乗りたかった」と語ります。
型破りな料理を提供したい一心で選んだいなり寿司は、ほぼ初めての挑戦だったそうで、半年間の怒涛の試行錯誤があったそうです。

お客さんの声に融通無碍のアレンジで応える

「実は 『ゆうずうむげ』でもテイクアウト商品をはじめるつもりです。今後もありそうでなかったもの、お客さまが求めるものを"融通無碍"に相応しい形で作りたい」と北村さん。市松模様が美しい「マグロのちらし寿司」を準備中とのことで、こちらも楽しみですね。

「KITAINARI」「ゆうずうむげ」のテイクアウト商品はいずれも数量限定です。きちんとした印象を与えつつ、仰々しくならないものを。できれば、センスのよさも忍ばせたい。そんなときの手土産を求めに、のれんをくぐってみてはいかがでしょうか。

Words：Yui Ichihara
Photos：Yasuharu Hoshino

2024/3/25

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