"清流の女王"とも呼ばれ、夏の風物詩として多くの人々に愛される鮎。愛宕神社の参道に江戸時代から店を構える「平野屋」は、そんな天然鮎の滋味を味わえる名店です。約400年間受け継がれてきた技と思いがこもった鮎料理に出会うべく京都を訪れました。

愛宕参詣の寄りどころとして

古くから火の神様として信仰を集める愛宕神社。多くの参詣人が行き交った愛宕街道の起点となる一の鳥居の畔に「平野屋」はあります。ここでかつての旅人たちは、身なりを整えたり体を休めたりしたといいます。

苔むした茅葺き屋根の建物は江戸時代の佇まいをそのまま残しています。黒光りする柱や建具、調度のひとつひとつに囲まれていると、まるでタイムスリップしたような心地に。

創業当初からの名物は「志んこ団子」。毎朝女将が米粉を練り、薪を焚く昔ながらのおくどさん（竈（かまど））で蒸し上げています。くるくるとねじれた形はつづら折れが続く愛宕山の坂道を表現したもの。

「生きたままの鮎を扱う」が鉄則

「志んこ団子づくりは女の仕事。男の仕事として明治頃から始めたのが鮎問屋やったと聞いております」と教えてくれたのは、14代目女将・井上典子さん。近隣の保津川で獲れた鮎を漁師から仕入れ、生きたまま天秤棒で担いで料亭などに卸していたそうです。現在は保津川以外の鮎も仕入れており、取材時の鮎は美山産。湧き水を引き込んだ硯石（すずりいし）の生簀に鮎を2〜3日放ちます。暗い水の中で砂を吐かせ、体を休めさせることで味がスッキリするといいます。

その時期の鮎を一番おいしい調理法で

「平野屋」では、四季折々に京都らしい旬の食材を使ったコース料理を味わえます。夏の主役はもちろん鮎。6月は若鮎、7〜8月は盛りの鮎、そして9月からは子持ち鮎、落ち鮎と、時期によって大きさや風味が異なります。「そのときどきの鮎を楽しんでもらいとおすなあ」と井上さん。

背越し（せごし）は、骨ごと薄くスライスした若鮎の時期ならではの一品。身の滑らかさとコリコリした歯ごたえのコントラストの後に、ふっと爽やかな香りが漂い、なるほど"香魚"という別名に納得させられます。

コースのメインは王道の塩焼き。生きたままの鮎に波打つように串を打ち、塩を振って備長炭で焼き上げます。鮎を丸ごと堪能できるように、ヒレに化粧塩をしないのが「平野屋」流。背中からかぶりつくと、身も骨もホロリと柔らかく、野趣あふれる旨みが口の中いっぱいに広がります。

締めの鮎粥も隠れた人気料理。とろとろのお粥に鮎の上品な風味が溶け込んで、穏やかな満足感と共にするするとお腹に収まっていきます。

「昔は"あい（鮎）食べに行こか"て、旬のもんを食べに出かけるのがひとつの"文化"どした。今の若い方にもそういう楽しみを知ってもらえたら」と井上さん。体いっぱいに生命力と旨みを宿した鮎をゆっくりと味わう時間は、何かと気ぜわしい昨今で何よりの贅沢かもしれません。

Words: Yuko Miwa　Photos: Mariko Taya

2021/6/7

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